かつて、「TECHII」(テッチー)という 音楽雑誌があった

May 16, 2016

1986年から1988年までの約2年半の短い間だったが、当時の音楽シーンに敏感な人たちに受けた

テクノやニューウェイブ、ヒップホップ、それにアートなど サブカル色の強い本だった

 

ボクも当時好きで購読していた、まだインターネットなど無かった時代

 

先日、帰省した際に、自分の部屋で(現在はほとんど物置きに変貌している)埃だらけになった

雑誌を見ていたらこのTECHIIが何冊か出てきた

懐かしさもあり、パラパラめくっていると、むかしやっていた「PRISSY TONGUE

(プリッシータン)」というユニットの写真があった

 

80年代の半ば過ぎた頃、人生初の音楽プロダクション所属の頃だ

 

当時組んでいたユニットのことをTECHIIで連載を持ってた鈴木さえ子さんのページで

紹介してくれた時のことだ 、さえ子さんも同じ事務所だった 

 

その次の号ではライブを取材してくれた

 

付録的なページも、細野さんや教授、幸宏さん、立花ハジメや戸川純などのカセットレーベルにも

なるカレンダー(^_^;) 

 

こういうのって普通はアイドルとかだよね?wそれくらい当時は人気があったわけだ(一部には) 

 

この事務所、一世を風靡した3人組、◯MOの元マネージャーだった人が始めた会社で、

所属ミュージシャンもクセモノ揃いだった

 

当時リアルフィッシュというバンドをやっていたSaxの矢口博康さんや同バンドのBassで

渡辺 等さん、Violinの美尾洋乃さん、など

 

事務所の所属ではなかったがSHI-SYONENの戸田誠治さんもリアルフィッシュのメンバーだった

ので、けっこう見かけたなぁ

彼はその後YOU(現在はタレント)とFAIRCHILDを組んだ 

 

当時、さえ子さんはムーンライダーズの鈴木慶一さんの奥様だったのでそれ系のミュージシャン達

とたくさん会った

 

ボクがやっていたユニットは、そんな事務所に入れたくらいで音楽的にはニューウェイブ的と

いうか、テクノやジャズっぽさの入り乱れた音楽性だった

 

好きな音楽ができて、事務所も音楽性的には理想的で順風満帆に見えたがそれを壊したのは

ボク自身だった 

 

レコード会社も決まりかけてきた頃、ボクがワガママを言い始め、結果ユニットは解散する 、

相方は当時付き合っていたカノジョだったのでカノジョとも別れダブルショックだ

 

ボーカルのカノジョはこのあとソロに転向した

 

今思えば、どうかしてた、としか言いようがないw

 

その後ボクは一時的に音楽業界から離れ、アパレル的なことを始めるのだがあのユニットが

上手くいっていたら今頃自分はどうなっていただろうかと、たまに考える

 

YOUとユニットを組んでいたかも知れない、なんてw 

 

ボクはその後運良く4回もメジャーデビュー出来たが、あのとき上手くいっていたら5回

デビューしていたことになる 

 

いや、あのとき上手くいかなかったから4回もレコード会社を変えたのだ

 

いずれにせよ、あのアクシデントがあったからイマがあると思っている、人生にとって無駄な

経験はないのだ

 

青春時代のほろ苦くも甘酸っぱい思い出

 

 

 

 

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